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お釈迦様の教え、日蓮聖人の教え(2016年〜

日蓮宗新潟県西部宗務所所報『佛心伝心』のシリーズ「法の燈」より、住職が担当した文章を若干書き換えたもの
第56号:「親が亡くなってからが私の番?」

2018年盂蘭盆会法話要旨
2017年お会式法話要旨
2016年お会式法話要旨

教え(2015年)
教え(2014年)
教え(2013年)
教え(2012年)
教え(2011年)
教え(2010年)
教え(2009年)
教え(2008年)
教え(2007年)
教え(2006年)
教え(2006年以前)



親が亡くなったら私の番?



 筆者が生徒の頃のことです。朝の学活で担任の先生が一人ずつ名前を呼んで出席を取ります。

 先生「安藤。」(氏名は仮名です)
 安藤「はい。」
 先生「伊東。」
 …
 先生「伊東、いないか。上野。」
 …
 先生「上野もいないのか。嘉山。」
 嘉山「はい。」

 半分近くが日々遅刻するようなクラスでした。そして、また今日も遅刻(この時点では欠席と区別つきませんが)の多さを確信された先生。終わりの方では、

 先生「渡辺ぇ!(怒)」

と機嫌が悪くなり、必ず、こうおっしゃって教室を後にされます。

 先生「いいか、おまえ達。遅刻するんじゃないぞ!(怒)」

 さて、これを聞いていたのは、どのような生徒でしょうか。そう、遅刻をしていない生徒です。そのような生徒に「遅刻をするな」との指導は、果たして効果あるのでしょうか。

 答は、「いいえ」です。少なくとも、その場にいた筆者の感想は、「それは、ここにいない人達におっしゃって下さい、先生。」となりました。


 日蓮聖人は、 「譬(たと)えば、農夫が秋や冬に田を耕し(たとしたら)、蒔(ま)く種と耕す田と農夫の労働は春夏に行うことと同じであっても、少しも収穫はなく、かえって損をする。」(『教機時国鈔』意訳) と、物事にはタイミングが大事だ、とおっしゃっております。

 そして、「説くべき時期にいたっていなかったために、(お釈迦様は)四十余年の間この法華経を説かれなかった。このことについて法華経方便品には『説くべき時がいまだ来ないためである』と説かれている。」(同)と続きます。


 その法華経方便品でのこと。

 お釈迦様は、本当におっしゃりたかったことをおっしゃるために、「佛の教えは理解しがたい」 と、語るのを一旦拒否されますが、あるできごとを経て真実の教えを説かれます。

 それが、「諸佛世尊は衆生をして佛知見を開かしめ、清浄なることを得せしめんと欲するが故に…」との教え、そう、欲令衆の冒頭部分です。


 「お釈迦様は、私たちを佛さまにするために、この世に現れて下さった。これを信じ、佛さまの境地を得られるよう努力します」と表明することが、お題目を唱える意味の一つです。

 そのお題目、いつ唱えるか?

 今でしょ!


参考文献:日蓮聖人全集
所報『佛心伝心』第56号より
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幸せとは



 たまに、お話しを聞かせて頂くことがあります。御本人の許可を得た上で、こうしてみなさまにお話しさせて頂きますが、この間あったのは、配偶者が亡くなり悲しい思いをしている、ということです。

 その中で、「一緒に行った観光地や、(お金を貯めて行った)レストランでのおいしい食事など、ハレの日のことも思い出されるが、やはり、日常の何気ない…一緒に近所のスーパーへ買い物に行ったことや、一緒に食べた自宅での夕飯、(共働きだったので)一緒に乗った通勤電車での混雑など、何でもないこと(ケの日のこと)が思い出されて仕方がない」とおっしゃっておりました。

 そう聞いて思い出したのが、今から25年前に流行ったTHE虎舞竜『ロード』です。

 「何でもないような事が 幸せだったと思う」という歌詞がありましたが、まさにこの気持ちを表した詩ではないでしょうか。


 振り返ってみて、私たちはどうでしょうか。

 私事で恐縮ですが、私も昨年10月に実母を亡くしましたので、今年だけは、私もみなさんと同じ、「この一年間で近しい人と亡くした人」の一人です。

 少なくとも私も、「特別などこかへ行ったこと」ももちろんありがたいですが、日常育ててくれた恩、毎日作ってくれたみそ汁など食事のことなど、日々のなんでもないことが幸せで、ありがたかったのだと思います(このことを忘れず供養していく、これが大事なのだと、つくづく感じております)。


 みなさんは、近しい人と何でもない日々をお過ごし事と思います。縁起でも無いことを申して恐縮ですが、その近しい人を亡くして初めて、幸せだったと思うのではないでしょうか。


 今のうちから幸せを感じて頂ければありがたく存じます。ありがとうございました。
平成30(2018)年盂蘭盆会法話より
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南無妙法蓮華経とありがとう



 秋のお彼岸の手品はお陰様で好評を博しました。ただ、ステージもなく、前の方も後ろの方も同じような椅子に座ったため見づらかったようです。真ん中より後ろ方はほとんど見えず、申し訳ありませんでした。

 来年はジャズ。フランス発祥のマヌーシュジャズです。


 さて、この3月末のことです。横須賀の母から「胆管に石が詰まって入院した」と連絡がありました。それまでも幾度か似たような話を聞いていたので、大して驚きもせずにいました。

 ところが、5月に入ると、「胆管が詰まっていたのは間違いないが、その原因は、石ではなく、ガン」ということが判明します。月末30日に手術が決まり、兄より手術の立ち会いを依頼されましたが、薄情な弟(私)は断ります。当日 手術後の一報には、「転移していてそのまま閉じた。余命一年」とありました。

 これは大変。放射線治療か抗がん剤か、はたまた緩和ケアか、ということで、暗雲立ちこめる…といった感じで数日が過ぎ、明日にでも横須賀母へ病状の説明が行われる…と予定していた6月3日、兄より「母危篤」の報せ。急ぎ病院に駆けつけてお医者さんから話しを聞くと、果たして次のようでした。

 午前中、胆管が詰まり気味になったため再開通させるべく、すでに入っているステントを内視鏡で交換することとした。
 いつもならば、通った瞬間に通じた感じがあるのだが、今回はなかった。生理用食塩水で押すも手応えがない。そういうときもあるので、そのまま終わりにした。
 午後になって急に意識と血圧の低下が見られ、エコーを撮ると お腹の中に大量に血液があるのがわかったため、緊急手術で開腹。

 出血の元を調べてみると、果たして肝臓だった。午前中のステント交換の際に ガイドワイヤーが肝臓を傷つけた以外、原因が考えられない。
 肝臓は縫うことが出来ない状態なので、ガーゼをお腹に詰め、直接圧迫する方法で止血を目指している。胆汁も漏れているので急性腹膜炎も起こしている。

 ぎゅうぎゅうにガーゼを詰めているので、お腹を閉じることが出来ない。従って、全身麻酔を止めることも出来ない。全身麻酔を止めなければ自発呼吸は起きないので、人工呼吸器も外せない。
 口から人工呼吸器を挿入していたために、口は開けっ放しの状態となり、ただれる。それは望ましくないので、気管を切開して喉から管を入れる。
 悪化した肝臓の影響は腎臓に及び、透析の必要にも迫られる。
 などなど、一つの処置が原因で、次々と問題が出てきます。

 この時点で、横須賀母の体には、記憶にあるだけでも、呼吸、輸血、透析、麻酔、腹腔内体液排出、排尿、心拍数などの計測…などなどのために、たくさんの管や線がつけられていました。当然意識も無く、集中治療室に入っています。

 麻酔がやめられ、会話とまではいきませんが、横須賀母が兄と意思のやり取りが出来るようになったのは6月の下旬です。このころも、呼吸器はつけられたままで、うっとうしいから外そうとして、手を拘束されたとか。
 大分元気になったようにも見えますが、7月に入ると、下血、胸に水が貯まったり、お腹が完全にふさがっていないために小腸に穴が空いて腸液が漏れたり、と色々合併症が起きています。
 とはいえ、大分回復し、それまでいた集中治療室・準集中治療室から出て一般病棟に移り、歩行器で歩く練習をしていたのが7月28日のことです。

 みなさまご承知の通り、法福寺では8月1日が盆参、その後は3日から新潟市内や加茂市内など 県内遠方の棚経が始まり、一段落したのは20日ころでした。
 8月中には面会に…と思っていた矢先の23日、肺炎にもなり、意識もなくなるなどしたため一般病棟から出て準集中治療室に入ることとなります。

 9月の頭には声掛けに小さくうなずく程度の反応がありました。それが最後です。

 10月1日には、血圧が低すぎるために、透析が出来なくなります。
 人工透析によって通常の社会生活を送ることが出来ている方達は、およそ週に3回、それをしているそうです。そして、一週間しなければ、ほぼ確実に死に到るとか。
 即ち、体力もあってしっかり食事を摂っている方ですら、一週間が限度、ということでありますから、体力も衰え、食事も摂れていない横須賀の母は…。

 そのため、子供…横須賀母からすれば孫…たちも連れ、急ぎ面会に行ったのが2日のことでした。
 ところが、会った当初、横須賀母とはわかりませんでした。黄疸のためか顔色も変わり、点滴のせいか 透析が出来ないせいか 顔もむくみ、しかも入れ歯を外していた…私は横須賀母が入れ歯だったのを知らなかったので余計…ので、別人と勘違いしてしまったのです。
 孫の顔を見られたからか、血圧を上げる薬が効いたからか その原因はわかりませんが、若干持ち越し、充分な量ではありませんが、透析できるようになります。

 しかし、この頃には、病院から兄に、危険な状態を伝える連絡が頻繁に行くようにもなり、6日には、お医者さんから「もって数日」と兄が宣告を受けました。実際、2日に会ったときには、素人判断ではありますが、元気な頃の横須賀母ではなく、もう回復も望めそうにありませんでした。

 13日夜に病院に行きますが、15日に法事があったため、一泊二日で帰ってくるつもりでした。
 ところがその晩のことです。控室で寝ようと準備をしていたところ、「お母さんの様子が…。お兄さんもそばにいらっしゃいます」と看護師さんが呼びに来られたので、急ぎ横須賀母の元に行きました。

 血圧も低下し、呼吸も少なく…後から知ったのですが、この時は一分間に6回だか10回だかの呼吸数に設定がしてあり、自分で呼吸したときにはそれを補助して余計送るようにしますが、そうでないときには、強制的に設定した回数呼吸するようになっていました…。なので、呼吸の様子だけでは容態はわかりません。
 本人の中では言いたいことやしたいことがあったのかも知れませんが、それを表出するだけの能力はすでにありません。

 そんな中でも、よく「耳は最後まで聞こえている」と言いますので、それを頼みに これまでの面会の際も、みなさん よく声を掛けて下さいました。
 しかし、言いたいことが言えなかった人がいます。それは、私です。というのも、私が面会に行く際は常に誰かと一緒だったからです。
 もちろん、会いに行こうと思えば一人でも会いに行かれたのですが、通常の病室ではなかったため、面会の際には必ず看護師さんの手を煩わせなければなりませんでした。それ故、誰かとでなければ行く気が起きなかったのです。

 ところが、その時 二人で入った兄がたまたま外に出たため、私は初めて横須賀母と病室で二人きりになりました。そのため、言えなかったことを言うことが出来ました。

 腎臓がダメでおしっこが出ず、それでも点滴をしているために、ぱんぱんになった手を握りながら、感謝の気持ちを表す言葉と共にお題目を唱えました。

 …これが聞こえたのか否か、わかりませんが、それから1〜2時間経った頃、横須賀母の心臓が止まりました。10月14日のことです。

 昭和20年早生まれ、数え73歳での旅立ちです。こうして見回してみますと、「私より若いのに」と思われてらっしゃる方の方が多いようですが、みなさんには、ぜひ横須賀母の分も元気に長生きして頂きたいものです。


 さて、「南無妙法蓮華経って、どういう意味ですか」と聞かれるときがあります。今までは「法華経の教えに従って生きることを誓います、ということですよ」と答えていました。

 しかし、先ほどの横須賀母へのお題目は…もちろんそういった意味もありますが…、ここでは

「南無妙法蓮華経」とは、「ありがとう」だ

といった方が、しっくりくるのではないでしょうか(あくまでも、側面の一つです)。


 日蓮聖人は、

「我が頭(こうべ)は父母の頭、我が足は父母の足、我が十指は父母の十指、我が口は父母の口なり。譬(たと)えば種子(たね)と菓子(このみ)と、身と影とのごとし。」(忘持経事)

と仰り、親子というのは不可分であり、子が佛様の境地を会得するれば、親もまたその境地を得ることが出来る=成仏出来ると、仰っております。

 すなわち、先祖供養とは、お経をあげてお勤めすることも大事ですが、それにもまして私たち自身が、信仰を持ってこの世を佛様のいらっしゃる浄土にしよう、と努力することも大事なのだ、ということです。

 法華経化城諭品第七。「願わくば世尊、法輪を転じたまえ。安穏ならしむる所多く、度脱したもう所多からん。」とあり、佛様の教えが弘まっているところは心安らかに過ごせるところだ、と書いてあるのです。
平成29(2017)年お会式法話より
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引導



 法福寺住職でございます。早いもので、今日で丸一年。昨年の今日はお参り下さりありがとうございました。お陰様で一年経ちましたが、無事二年生になれたか、というと、よくわかりません。もしかしたら、留年して二年目の一年生という感じもしないでもありません。


 さて、「お坊さんではあるが、住職と住職でないのと、何が違うか」。一番大きな違いは、「引導を渡せるか否か」ということです。

 「引導」というのは、お葬式の際、住職が亡き方に渡す文章です。後半では、「これこれこうすると成仏できる」と亡くなった方に伝えます。問題は前半です。

 「お釈迦様、日蓮聖人様、閻魔様へ。亡くなった方は、これこれこのような方で、間違っても地獄へ落ちるような方ではありません。浄土…

…話しがずれますが、実は私たちは天国に行かれません。以前もお話ししましたが、天国は、キリスト教やイスラム教専門です。佛教では仏さまのいらっしゃるところ=仏国土=浄土を目指します。阿弥陀様のいらっしゃるところが極楽浄土です。私たち法華経を信仰する人は、霊山浄土を目指します…

(話しを戻して)…その霊山浄土へ行かれますよう、どうか、よろしくお願いします。」とお釈迦様や日蓮聖人、閻魔様にお願いする部分があります。この、「これこれこのような方」というところがなかなか書けません。

 そこで、納棺の際、このような用紙を用いて「聞き取り」を行っております。そこには、お名前・生年月日・御両親のお名前・生まれた場所などなどが聞けるようになっています。

 これを基にして引導文が完成します。例えば、あくまでも架空の内容ですが、こんな風です。

(ネットでは省略させて頂きます。)

 いかがでしょうか。正直納棺から葬儀式まで時間が無いので苦労していますが、それに見合うだけの喜び…お葬式で喜びというのも何ですが…を、ご遺族の方から頂いております。


 そこで、みなさんにお願いしたいこと二つとお伝えしたいこと一つがあります。

 「お願いの一つ目」は、今日帰ったら、ご家族にこういうことをしていると伝えて頂きたい、ということです。

 これまでですと、納棺に立ち会った方 全員が、先ほど申し上げました「聞き取り」を不思議がります。
 ところが、葬儀後のお斎では、引導文に関して感謝のお言葉を掛けてくださいます。中には、「こんなことなら、もっと話しておけば良かった」という方も。そうならないために事前に、このことを伝えておいて頂きたいのです。


 「お願いの二つ目」。やはり毎回考えるための時間が足りません。予約ができないので致し方ないのですが、できれば事前に概要を知りたいところです。

 実際、伴侶の方がが元気に生きてらっしゃる場合はいいのですが、そうでないと、結婚した日などがわからない…なかには、両親=喪主さんからすれば祖父母に当たる方=の名前が分からない場合があります。

 それを防ぐためにも、覚信精舎…生前に法号をお渡しする会…にご参加頂きたいのです。なぜかと申しますと、法号を決めるために事前に聞く内容と、納棺時に聞いている内容はほぼ一緒だからです。


 最後に、「お伝えしたいこと」。これは、ほとんどの方…特に今日お参りにいらしている方…は、その必要もないようですが…。

 それは、「お寺のお参りには来ない、家族からは疎まれている…そういう方は、引導に書くことがなくなってしまう」ということです。

 例えば、仮に「趣味は勉強で頭が良く、英語もぺらぺらだった」「大学は誰もが羨望のまなざしで見るような大学、会社もみんなが知っている○○社」だったので、そのことを引導に書いたとします。このことだけをして、お釈迦様や閻魔様が、「よし、じゃあ、浄土へどうぞ」と仰って下さるでしょうか。。。

 やはり、信仰をしっかりもって、家族仲良く暮らしてくださらないと、人生の締めくくりであるお葬式がしまらない。

 どうかご自身のために、お参りしていない方がいらしたらお参りするよう、仲良く暮らせていない人がいたら仲良く暮らすよう、お伝え頂きたいのです。このこと、お持ち帰り頂ければ幸いです。
平成28(2016)年お会式法話より
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ひとつ前の教え(2015年)